いつものようにSpotifyで好きなアーティストの曲を再生しようとしたら、「お近くのライブイベント」という文字が表示されていた。
思わず声が出そうになる。
だってそのアーティストはアメリカのバンドで、最後に来日したのは5年も前のことだから。
お近くって、つまりお近くってこと??
訳がわからなくて会場を調べてみたら、有明のガーデンシアターだった。
お近くだわ。
私の知らないうちに、彼らの大規模なアジアツアーが決まっていたのである。まさかこのSpotifyの謎機能に助けられる日が来るなんて夢にも思っていなかった。
私がそのアーティストを好きになったのは、実に7年前のことだ。
高校生だった私は洋楽に凝っていて、YouTubeでcoldplayやlauvの曲を流しながら勉強をするのが日課だった。
そしてある日、自動再生で流れてきた知らないバンドに心を奪われた。エレクトリックなのに体にスッと染み込むようなサウンドと、それにぴったりのお洒落で切ないボーカル。ワンフレーズ目から脳みそを揺さぶられた私は、慌てて勉強を中断して曲名を見た。
『LANY-Goog Girls』
LANY。そのバンド名を忘れないよう、ノートの端にメモした。ブレザーのボタンも開けたことがない田舎の女子高生が、遠くアメリカのバンドに恋した瞬間である。
そこからはLANYの曲を片っ端から聴きまくり、大学受験は彼らの音楽と駆け抜けた。
むしゃくしゃした日に彼らの音楽を聴けば、暗くて狭い自分の部屋を抜け出して、夜明け前の都会の高速道路を走っているような心地にさせてくれた。
そして現在、好きな音楽もそれを聴く媒体も大きく変わったけれど、LANYの曲だけは変わらず毎日のプレイリストに入っている。そんな思い入れのあるバンドが、久しぶりに東京でライブをするのだ。
こんなの、行くしかない。
…となるのが普通だが、私はすぐにチケット購入のボタンを押すことができなかった。
だって周囲にLANYのファンはいないし、行ったことあるライブといえば、小中学生の頃親に連れられて行った嵐のコンサートくらい。つまりほぼ初めてのライブ参戦が1人で、しかも海外アーティスト、そしてライブ慣れしたガチの音楽好きしか来ないであろうお値段。
どう考えても怖すぎる。
ピース又吉の、初参加ライブで周囲のノリに全然ついて行けないネタが瞬時に頭の中で再生される。あんな感じで洋楽好き独自の文化とかあった日には、こんな地味女瞬時に淘汰されるに違いない。
そして無駄に人の目を気にする自意識過剰型ビビりなので、1人で盛り上がったり踊ったり絶対にできない。けど、かっこいいLANYのライブに素朴な顔で棒立ちしてる女が出現するのもそれはそれで申し訳ない。
しかも仕事の休みが不定期な上、転職活動中だから半年後の私が予定を空けられるのか見当もつかないんだよな。行けなかったらチケット代もったいないし。
悩み始めた瞬間から、頭の中の自分がぐだぐだとネガティブを垂れ流し始めた。行動力のない私は、いつもこうやって行く理由より行かない理由の方をたくさん見つけてしまうのだ。
だけど、冷静になってふと考える。高校生の私に、「LANYが来日するけど、25歳の私は初めてのライブが怖くて/1人が嫌で/仕事を優先して、行けませんでした」なんて言ったらどんな顔をするだろう。
学生の頃想像してた大人って、こんなんだっけ。
そしたらなんか恥ずかしくなってきて、えいやとチケット購入ボタンを押した。
ライブ当日
チケットを購入してからの半年間は、マジで色々あった。
転職にめちゃくちゃ失敗したり、婚約したり、LANYのボーカルのポールが交通事故に遭ってボコボコになったり。
しかし無事に初ライブの日を迎えることができた。
当日は仕事を早退して万全の体制で参戦するはずが、普通にドデカ仕事が入ってスーツ姿で会場まで疾走することになった。しかも霧雨が降ってきて、メイクは剥がれるし髪はべったり。
ボロボロになりながらなんとか会場までの行列にたどり着くと、周りの観客たちは皆キラキラにキメていて、怖いやら悲しいやらでなんか落ち込んでしまった。
でも、前に並ぶかっこいい外国人も、爪が20cmくらいある隣のギャルも、みんな大事そうにセブンイレブンのチケット袋を持っていてなんか感慨深かった。
今までLANYを知ってる人にさえ出会ったことがなかったのに、ここにはこんなにもたくさん彼らの曲を聴きたい人がいる。洋楽離れが進んでると言われてる中でも、この人たちはこの5年間LANYを忘れることなく待ち続けてたんだ。
すでに疲れきっていた私は、その光景を見ただけでもう結構心が満たされて、正直もう帰ってもいいかなみたいな気持ちになってきた。
なってはきたが、流石に12,500円の元は取れていないので会場に入る。
30分ほどかかって辿り着いた東京シティーガーデンは、出来たばかりで何もかもピカピカだった。トイレがかなり綺麗な上に、エアータオルも稀にみる強風である。
思ったより明るくて大きい会場のおかげで気持ちが落ち着いてきて、自分の座席もすんなり見つけることができた。
右隣は派手なパンツを履いたお姉さんで、左隣はすごいタトゥーのお兄さん。開演前に隣のお姉さんが話しかけてくれたけど、緊張と疲れでパッサパサになった口の臭いが気になりすぎてちゃんと反応できなかった。あの時のお姉さん、最高の日に知らん女の口臭嗅がせてごめん。
そんなこんなでそわそわしながら待っていると、会場のライトがふっと消え、観客たちが示し合わせたように一斉に叫びだした。
ついに、LANYが登場したのだ。
ポールが歌い始めた瞬間、7年間聴き続けてきたあの独特の声が大音量で耳に飛び込んできて呆然とした。
この声の人、ほんとに存在するんだ。
周りはみんな叫ぶなり踊るなり各々のやり方で最初の盛り上がりを表現しているが、私は案の定棒立ちしていた。けれどそれは、恥ずかしいからとか、周りの目が気になるからとかじゃなく、ただただ衝撃だったから。
そのうち雰囲気に流されて、気づけば自分も曲に合わせて体を動かす。刺青びっちりお兄さんと、スーツ姿の地味な私と、派手ズボンお姉さんが並んで同じ曲でくねくねしているのが不思議な感じで、なんかすごく楽しくなってきた。
ふわふわとした気持ちで一つ一つの曲に身を任せていたら、唐突にあの『Good Girls』が流れた。あっ、と思ってステージの方に首を伸ばす。気持ちよさそうに歌うポール。
その後ろの大きなスクリーンに映し出されていたのは、夜明け前の高速道路だった。
ここでわたしの涙腺が大決壊し、もう最後の方は何も見えなかったしあんまり記憶がない。
来てよかった、と何度も思ったことだけは覚えている。
終演後、物販のために再び霧雨の中を走ったら全部売り切れててもう一回泣いた。
臆病で行動力のない女が1人でライブに行ってみたら。
日々の生活でちょっとした選択肢が出た時、私は大抵悩んだ末に行動しない方を選ぶタイプだ。
その一つ一つの小さな躊躇いは、25年かけて少しずつ私の人生の彩度を落としてきた。気づけばその彩度に慣れきってしまって、なんとも思わなくなってる自分がいる。
けれど今回ライブに思い切って行ってみたら、自分が案外一人でも平気なことを知って、生で聴く好きな音楽はめちゃくちゃ最高だってことがわかって、邪魔だと思っていたSpotifyのライブ情報をちゃんとチェックするようになった。
ちょっと勇気を出しただけで、確実に人生の彩度と温度が上がった。やっぱり、人より臆病で行動力がないということは、人より自分のことを幸せにできないということなのかもしれない。
大げさかもしれないけど、自分を幸せにすることに責任を持とう、と思わされたライブだった。
何が言いたいかというと、とりあえずLANYの曲は最高なので聴いてみてほしいということだ。
https://open.spotify.com/track/2kMKmb60xVUIWW2Out8ypz?si=kQsOfdugTv61-y24ExlJmg